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有頂天ゲーマー スーパーオデッセイのおもろい一日

京都のゲームサークル、SOLGERのメンバー、 スーパーオデッセイの、ケーム・ギャンブル・ 呑み等、おもろい(おもしろい)一日の日記です。

4月28日 鎮西軍記リーグ開始

朝目が覚めると6時すぎである。横のオーガ氏も起き
京都サンガのチーム作りを始めている。

オーガ氏に山科まで送ってもらい、AMI氏を椥辻まで迎えに行く。
9時半には実家に戻り、2階の和室でテーブルを動かし準備を始める。
まず、入札による陣営の選択から入る。
AMI氏のブログに島津の編成が載っていたため
てっきり島津希望と思い、私は豊臣に0点と書き札を出す。
AMI氏は豊臣に1点と書いていた。陣営が決まり
私は島津を担当。お互いのセットアップも終わりゲームスタート。
豊臣方は持ち時間4時間、島津方は3時間である。
12ターンあるので私は、4ターン16ステージを1時間でこなさなければならない。
序盤の島津方は中小勢力が沢山あり1駒ずつ丁寧に動かすと時間がかかる。
急いでプレーしたが最初の2ターンで予定の30分を超え
35分程掛かってしまった。この微妙なあせりが
後の大きなミスに繋がってしまう。3ターンが始まり古処山城に隣接していた
大勢力の宇喜多軍を筆頭に古処山城にいる島津義久に戦闘を仕掛けてくる。
しかし宇喜多軍の攻撃ダイスは1が続き、島津義久にダメージが与えられない。
小早川や黒田の攻撃は少し島津義久にダメージを与えた。
3ターンの3ステージに古処山城に隣接していた部隊は1ヘックス下がり
再編成に入る。毛利軍は持ち城があるため宇留津まで引き回復に努めている。
豊後方面は、早期に木付城が落ち、島津大将達で城を元の耐久力にまで回復。
島津家久と大将達は、栂牟礼城に向かわせ山田有信の手助けをさせる。
新納は竜王城を包囲し、敵軍が近づいたら細い街道に引き下がり
豊後中心部への侵入を防ぐつもりであった。第3ターンの豊臣援軍達が
豊後方面に向かってきて緊張したが、一ツ戸城を囲み付近に居座ったため
安心して竜王城の包囲を続けた。3ターンが終わり、昼食。
食事込みで1時間弱休憩を取りスタート。豊臣秀長が増援で出てくる。
途中で宇喜多のユニットを吸収し35戦力にまで膨れ上がる。
さすがに、島津義久で古処山城を守れなくなり、隣の山地にいた島津義弘と
守備位置を変更して挑む。これがうまくいき4ターンは古処山城外を守る事が出来たが
島津義弘の損害は大きいものになった。
豊後方面は毛利軍が竜王城に近づいていたが、小早川軍が見当たらなかったため
どこにいるのかを深く考えず、新納で包囲を続行。栂牟礼城を強襲で落とした
島津家久と大将達は強襲損害の回復を終え、城の回復に入っていた。
もし時間にゆとりがあり注意深く考えていれば
島津家久を竜王城付近に引き返していたはずだが、小さいミスが数回あったが
致命傷にならなかったため油断していたのかもしれない。
第4ステージの豊臣手番に、毛利軍のスタックの下から小早川軍が現れ
豊後中心部への侵入路、ヘックス3312を小早川軍に占拠されてしまう。
5ターンの開始ステージ、補給線を断たれた新納の士気が1下がった。
あせった私は、島津家久・山田有信を救援に向かわせる。
士気が下がっている新納を小早川に隣接させるのを嫌がり
3方向が進入禁止ヘックスの3011荒地に移動。
後でよくよく考えても、一番の下策を選択してしまった。
このため新納は易々包囲されてしまう。この後は島津の勇将新納が玉砕するのだが
新納包囲と殲滅に、毛利軍ほぼ全軍と第3ターンの増援のほとんどを引きつけ
毛利輝元と小早川隆景には多大な損害を与えた。また玉砕するまで
1イニングと2ステージを要した。この結果、豊後から迂回して
肥後に侵入する兵力不足を生じ、筑前・筑後・肥後戦線に安泰をもたらした。
筑前方面は、古処山城外に12ステップある秋月軍を城内から城外に移し
後方に筑前衆と島津歳久で戦線を構築。島津義久・義弘兄弟は
多良山城で伊集院と合流し損害回復に努める。秋月軍は良く持ちこたえ
3ステージ豊臣手番に古処山城に籠城する。これにより
5ターン中には筑後進入を許さずに済んだ。
6ターンの情勢変化にも秋月氏は島津に忠誠を示したため
筑後方面は進入禁止ヘックスを上手に使い、1ヘックスずつ下がる
遅滞戦術で対応。隈本・宇土・御船・人吉の各城には島津ユニットを配置し
7ターンの情勢変化に備える。豊後方面も日向に向け撤退を開始。
山田有信を先行させ、しんがりは島津家久が勤める。
勇将新納が玉砕したせいで私の集中力が極限まで上がりこのイニングは
うまく裁けた。ここで再び休憩。バームクーヘンを食べ体に糖分を補給する。
30分弱の休憩後再開。7ターン秀吉が出てくる。大半の鎮西武将は
豊臣方に寝返るが、秋月氏は再び島津に忠誠を示し、肥後南部の武将達も
本城に島津ユニットが居るため忠誠を示している。秋月氏の城が
多良山への進軍路を妨害する結果になり、この辺りから
豊臣方のプレイ時間が長くなる。編成場所や回復場所、城攻めと
考える事が多い。7ターンが終った時点で
豊臣方の持ち時間は2時間を少し切っていた。島津方の持ち時間は
1時間半強残っている。8ターン、編成・回復で手間取っている豊臣方を見て
戦線を少し上げてからゆっくり下げていく。肥後方面では
宇土・御船・人吉の確保に成功。豊後方面も豊臣方は日向国境近くまで来たが
日向進入は阻止出来ている。このターン豊臣方の所要時間は30分
第1ステージに10分、2・3ステージに8分、4ステージが4分の割合だ。
残り4ターンで1時間半弱の持ち時間では、最後のターンは持ち時間0の
1ステージ1分になる計算だ。島津方の所要時間は8分
第1ステージに3分、2・3ステージに2分、4ステージが1分の割合だ。
この時点で、スタート時に1時間あった持ち時間の差がなくなり
お互いの持ち時間が並んだ。ここで20分程休憩を取る。
9ターンに入り、肥後方面では大きな戦闘が発生。
島津義弘が守る八代城横の荒地に秀吉・秀長・宇喜多・黒田が襲い掛かる。
この戦闘でのお互いのダイス目も6が連発。
1ステージの戦闘で島津義弘は8ステップの損害を受け
後退できないので1ユニット除去されてしまう。
ここから予定に従い後退を始める。9ターンの終了時には
肥後の水俣城と人吉城の分岐あたりで戦線を構築。
豊後方面では9ターン終了時に毛利軍が日向に侵入してきた。
ここからはひたすら1歩ずつ後退する遅滞戦術で対応。
結局遅滞戦術が功を奏し、11ターンにAMI氏が投了で私が勝利した。
11ターンの第2ステージの時点で、豊臣方の持ち時間は30分を切っていた。
島津方は1時間以上残っていたが、AMI氏との協議の結果、次回からの対戦には
持ち時間を延長しようと決まった。
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