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有頂天ゲーマー スーパーオデッセイのおもろい一日

京都のゲームサークル、SOLGERのメンバー、 スーパーオデッセイの、ケーム・ギャンブル・ 呑み等、おもろい(おもしろい)一日の日記です。

のんびり天道プレイ

今日は用事の無い平日のお休み。サカつくに少し飽きたので
信長の野望天道を1日プレイしよう。朝8時よりスタート。

私は信長の野望シリーズのファンである。天道も発売開始と同時に購入した。
今回の箱庭系シリーズが大好きである。
今回、シナリオ1 上杉朝定でプレイしてみてのリプレイを書いてみます。
難易度 初級  登録武将 登場しない  寿命 長寿
討死 なし  架空息子出生 多め  架空姫出生 多め
歴史イベント すべて  伝承イベント 発生しない
上記の設定でスタート。
基本方針
金銭収支が30000以上になるまでは
内政の順番を商人町・匠の町・武家町・村落の順で開発していく。
金銭収支に余裕がでると、武家町・匠の町・村落・商人町の順に変える。
商人町には、商館を6、茶室を2。匠の町は、商館を6、教会を2。
敵勢力と隣接している国は、道場を12作る
武家町が1つの場合、道場を4 公家館を4つ
武家町が2つの場合、道場を12 公家館を4つ
匠の町は、武家町が1つの場合は、道場を8つ
村落は、畑は作らず、水田6と、寺1つと、湯治場を1つ作る。
海沿いの村落には寺を作らず、漁戸7と、湯治場を1つ作る。
敵勢力と隣接しなくなると、道場を壊し、公家館・商館・教会に変え
湯治場を壊し、寺・漁戸に変える。
牧場・鍛冶場が開発可能になったら、牧場は武家町に2つ
鍛冶場は商人町に4つ、作る。強国の隣接には、忍の里を商人町に4つ作る。
余裕があるなら、国境に出城を建設。不必要になった出城は廃城にする。
以上が基本方針である。

1546年1月 ゲームスタート
武蔵岩付城に兵8千を保有。街道の敷設で未所属の町並みを併呑していきつつ
匠の町1で商館を8建てる。3月からは、海沿いの村落に漁戸を8建てる。
6月からは、武家町に道場を3つ建てる。9月の開始時に河越合戦が発生。
上杉朝定が戦死。兵が5千に減少。太田資正が家中をまとめる。
武将が7人に減る。
1547年 総兵力8千
内政・軍拡に勤める。8月に歩兵Bの、藤田重利を登用。武将が8人に増える。
しかし、武田家に引き抜かれてしまった。とても痛い。
10月に武田家・今川家の第一次小田原征伐が始まる。
武田晴信が1万。今川義元が1万5千を率いている。
12月に北条家は武田家と単独停戦に成功する。これにより
東からの小田原通路が確保出来る。
1548年 総兵力1万3千
1月岩付城から小田原に出陣。
太田資正が太田康資・太田資顕・成田泰季を鶴翼の陣で率い
兵各武将2千5百で武将順に 歩・弓・弓・歩 の編成。岩付城に3千残す。
河越付近を通過時に北条から停戦の使者が来る。停戦を受け名声が294に上がる。
このまま小田原に侵入。小田原城を攻めている
今川軍の背後に回り小田原城と挟撃する形を取る。
1万5千の今川軍は、北条の抵抗で8千まで低下。
4月には、この今川軍を壊滅させ降伏した兵と傷病兵を率い岩付に帰還する。
5月に、本隊が帰還せず手薄な岩付城に武田が侵攻。武田晴信が1万率いている。
7月には岩付城前に砦を築き弓隊で武田軍を7千にまで打ち減らす。
砦が破壊され、岩付城に引き武田軍を弓隊で攻撃し撃退に成功する。
8月には名声が300を越える。9月から鉱脈調査の技術を研究し
11月には研究が終了する。
1549年 総兵力2万3千
1月に武蔵で金山を発見。里見家が同盟国足利家に侵攻開始。
里見義堯が1万を率いている。同時期に長尾家・村上家の第一次箕輪征伐が始まる。
長尾景虎が1万5千、村上義清が1万を率いている。
この後、同盟国足利家から援軍要請が来る。無条件で承諾する。
幸運にも蘆名家が長尾家新発田城に侵攻を開始したため
箕輪城に向かう予定の長尾景虎1万5千は新発田城に進路を変えた。
長野家が独力で村上家の侵攻を凌げると計算し
4月に太田資正が太田康資・太田資顕・成田泰季を鶴翼の陣で率い
兵各武将3千で武将順に 歩・弓・弓・歩 の編成。岩付城に1万1千残す。
5月に里見家を撃退し岩付城に帰還するも、同盟国足利家は総兵力3千にまで低下。
7月援軍要請を遂行し名声が327に上がる。
弱った同盟国足利家を佐竹家が侵攻。佐竹義昭が1万を率いている。
8月に同盟国足利家から援軍要請が来る。無条件で承諾する。
9月に、武田家・今川家の第二次小田原征伐が始まる。
武田晴信が1万5千。今川義元が1万を率いている。
今川家・武田家の防波堤となる小田原を守るか
同盟国足利家を救うかで悩み出兵が遅れ
12月に佐竹家が同盟国足利家を滅ぼしてしまう。
1550年 総兵力 2万8千 名声348
足軽特性の架空息子が元服。武将が8名になる。
1月に落城で混乱した古河御所に攻め入り佐竹家を撃退する。
足利家の優秀な武将達が太田家に出仕し武将が15名になる。
結城親子・水谷正村の参入は大きい。2月に武田家が小田原を制圧する。
全武将が古河御所の再建に励み、3月に城を完全に回復。
6月には町の開発にも目処が付き、新薬の技術を研究し8月には研究が終了する。
9月に武田家が河越侵攻を開始。武田晴信が1万2千。高坂昌信が3千を率いる。
11月に岩付城から太田資正が歩兵1万5千、水谷正村が弓兵5千を率い出陣。
12月に河越城を攻める武田軍を後方から攻撃開始
宇都宮家が古河御所攻めで多大な損害を出した佐竹家に侵攻。総兵力1万。
1551年 総兵力 4万2千 岩付城に2万2千 古河御所に2万 名声378
領国 武蔵 下総 の 2国
上田憲定が元服。内政専門の武将だが、武将が16名になる。
1月、武田家は河越城を落とし北条家は滅亡する。
村上家の第二次箕輪征伐が始まる。村上義清が1万5千を率いる。
2月に同盟国長野家から援軍要請が来る。無条件で承諾する。
太田資正軍が河越城を奪取する。北条家の優秀な武将8名が出仕。
北条氏康・綱成の参入は大きい。武将も24名になる。
この機に上総攻略の足がかりとして下総・上総の国境に小弓城の建設を開始。
3月に箕輪に太田資正が1万5千の歩兵を率いて援軍に向かう。
4月に小弓城が完成。5千の兵を配置。里見家は総兵力1万5千。
小弓城から近隣の武家町・匠の町を支配下に置き里見家の徴兵を絶つ。
宇都宮家が太田城を落とし佐竹家が滅亡する。
太田資正が村上軍を壊滅させ岩付城に帰還。6月に河越城を撤去する。
7月、里見義堯が1万を率い小弓城に侵攻。
水谷正村と弓適正がB以上の武将5人を小弓城に送り城前面に砦を構築。
古河御所からは、太田資正が1万5千の歩兵を率いて太田城に侵攻。
8月には名声が400を越え、徴兵を季節毎に2回行えるようになる。
9月には里見義堯を小弓城から撃退し、総兵力を1万にまで減らす。
10月に太田城を落とす。内政武将を太田城に入れ再建に励む。
佐竹家の武将数人が出仕。武将が28名になる。
ここで12時半になり昼食タイム。13時からプレイ再開。
1552年 総兵力 6万8千 岩付城に2万 古河御所に5千 太田城に3万
小弓城に1万3千 名声419 領国 武蔵 下総 常陸 の 3国
原胤栄が元服。武将が29名になる。
1月太田城にて金山を発見。2月里見義堯が8千を率い小弓城に侵攻。
3月に木版印刷の技術を研究し始める。
4月には里見義堯を小弓城から撃退し、北条氏康率いる歩兵1万5千が
久留里城に侵攻。5月に研究を終了する。6月に久留里城を落とし里見家が滅亡。
14時を過ぎ女房・息子が帰ってくる。今日の天道プレイはここまでとする。
今後の展開は、下野宇都宮・磐城小高城の順に領国を増やす予定である。
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